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自然から学ぶこと [諺]

自然から学ぶことは多い。
そうした中、新しい発見があると、それは嬉しいものだ。
それが音である時は、録音機で収録。
物である時は、場合によっては、写真で撮り、
沢山ある植物などは、場合にょっては時として一部を採集することがある。
しかし、昆虫などは、死骸は別として、特別のことがない限り採集しない。
なぜかというと、私は、音を集めるのが主だからである。
今までの経験からいうと、そのほとんどが写真と録音で事たりている。
へたに物を採集したりすると、すぐにOOされてしまうことが多い。
写真や音はプリントできるが、物は、そんなふうにはいかない。





十年一昔 [諺]

昔の人は言った。「十年一昔」と。
東京に住んでいるとき、すでにブログをはじめていた。
ところが、そのあと、ふるさとにUターンした。
そして、家を建てたり、畑を耕したりなどして少し落ち着いた。
それから、やっとブログを書く事に相成った。
こちらにきて最初に書いたのは、西暦でいうと2007年4月4日。
そのときのタイトルは「桜吹雪ならぬ雪がふりました」です。
ブログタイトルは、「自然から学ぶ」
ネットで検索すると、「自然から学ぶSo-netブログ」となっている。
私の名前は、あまり知られたくないので、イッシー というニックネームにした。
だから、後に、オリンパスさんから生録の話があり、それにも本名はださず、ニックネーム。
ところが、故郷に帰る前、ミツバチの会に入りたくてブログを書いた。
そのとき、うっかりして本名を書いてしまった。
やがて、故郷に帰り、ミツバチOFF会に出席。そのとき、会員さんから言われた。
「本名で申し込まれる人だから、相当有名な人だろう」と。
それ程でもなかったけれど、これも「知らぬが仏」だった失敗。
それから書き始めて早10年の歳月が流れた。
気がつけば、すでに84歳と6ヶ月。人生も残り少なくなってきた。
しかし、さいきん脳神経外科医から嬉しいことも聞かされた。
ところが反対に、嫌な出来ごともあった。
プラスマイナスゼロと計算して、気分を取り直すとしよう。












親の言い伝え [諺]

子供の時、母から言われた。

「親の言う事と、ナスビの花は、千に一つの無駄はない」、と。

そんなふうに言われて育った私は、それを信じ、ずっと生きてきた。

確かに、ナスビは、咲く花全部に実がついて育っている。

しかし、自分が親になってみると、子供にむかって、それが言えるほどの人間にはなれなかった。

それを考えると、私の母は、相当しっかりした親だったことを幸せに思う。


ナスの花049s.jpg



カマキリは知っていた [諺]

  今年は、本当に雪がよく降る。
嘘ではなかった、あの言い伝え。

「カマキリの卵嚢が高い位置にある年は、雪がよく降る」と言われている。
昨年の秋調査したときは、確かにその通り、どれも、これも高い位置にあった。

 それを見て、まさか、とは思っていたが、嘘ではなかった。
大雪というよりは、降る回数が多いのは事実。

 あと2週間足らずで3月。もう、そろそろ春がきて欲しい。
そんなことを思いながらブログを書いている。

三度目の正直 [諺]

  きのうは松山に用があり、息子の車で、三度目のドライブ
「二度あることは三度ある」 と言われていたので、慎重に運転。

  その結果、三度目は、全然迷うこともなく、家に帰ることができた。
これは、偏に息子の魂が、安全に守ってくれたものと思っている。

  しかし、油断は禁物。
8月3日には、四度目の松山行きが待っている。

  もしかすると、その日が 「三度ある」 にならない、とも限らない。
いつ、どこで、何が起こる かも知れない。

  まして、高齢者ともなると、五体の衰えが影響する。
慎重に、慎重に運転。そんなことを考えている。

he & chinkou [諺]

  He & Chinkou
はて、みなさんは、これ、何と読みますか。

  仏教用語の中に、上品とか下品等という字が出てきます。
これを、俗世間では、上品(ジョウヒン) とか 下品(ゲヒン) と読みます。
 ところが、仏教界では、 上品(ジョウボン) 下品(ゲボン) と読みます。

  難しいことは さておいて、He & Chinkou について説明します。
He とは、つまり 屁。 Chinkou とは、沈香。

  その昔、ある偉いお方が言ったそうです。
「沈香も炊かず 屁もひらず」 と。

  これを簡単に説明すると、
良いことも、悪いこともできないような者は、偉くなれない、という意味だそうです。

  その昔、この言葉を、ある学校で使ったことがあります。
ある学校とは、早稲田情報ビジネス専門学校のことです。

  この学校で、サウンド心理 という科目の授業を担当したことがあります。
話下手な私は、教壇に立ち、生徒を前にして言いました。

  開口一番 言ったのが上の言葉です。
「チンコウモタカズ ヘモヒラズ」と。

  生徒たちは、ポカーン とした顔で、黙りこくったままでした。
無理もありません。おそらく はじめて聞く言葉だったに違いありません。

  そこで、この言葉の意味を解説したのです。
すると、生徒たちは大笑いしました。

  最初に こんなことがあったので、それからの授業は、たいへんスムースにいきました。
とは言っても、こんなに下品な先生は、そう多くはいないと思います。

  さて話は変わりますが、ボクは若いころ梵字を学びました。
ところが、それが通信教育だったので、とても時間がかかります。

  はじめたのは、昭和57年ころですが、未だに終了しておりません。
なにせ、タヌキが石を投げる 程度の進み方ですから。

  梵字講座 表紙
梵字講座ー1s.jpg

  同上の講義内容の一部
梵字講座ー2s.jpg

  お習字もそうですが、梵字を書いていると、とても心が落ち着くのです。
意味も分からずに書いていると、まるで絵を描いているような錯覚をおぼえます。




娘と山の物 [諺]

  昔の人は言った。
「山の物と、娘の見おきはならん」と。

  そろそろキノコの出る季節。
ある日、村の人が キノコをたくさん採ってきた。

  「それ、どこで採ってきたん」
村の人は、包み隠さず その場所を教えてしまった。

  あくる年、同じ時期に行ってみると、跡形もなくキノコは消えていた。
よくある話だ。

  ある日、村の人が言った。
「どこそこに、年ごろのかわいい娘がいたよ」 と。

  それを聞いた村の若い衆は、時を経て行ってみた。
すると、時すでに遅し。どこかに嫁いでいた。

  そんなわけで、見置きの話はあてにならない、ということ。
よくある話だ。

  なのに、なぜか、こんな話には、すぐのるのが人間の性。
言う方も、きく方も、まじめに話しているから不思議。

  きょうは台風が近づいている。
久万高原には、昼頃くるようだ。すでに雨が降っている。

  

灯台 元暗し [諺]

 よく言われる言葉に、「灯台 元暗し」 というのがある。
これは、どこにいても同じこと。

 よく知っているようで、地元のことは 意外と知らない人が多い。
人から聞かれて はじめて知る。

 つい先日のこと、近所の人に聞いてみた。
「南海放送で久万高原のCM流しているけど、知っていますか」。
「いいえ、知りません」。こんな調子。

 東京で、近所の人にきいてみた。
東京タワーに行ったことありますか」。
「いいえ、ありません」。ここでも、こんな調子。

 わざわざ行かなくても、頭の中では知っているつもりの人が多い。
それで、中身をくわしく言うと、それじゃ行ってみようか、ということになる。

 というわけで、先に書いた南海放送のことについてふれてみる。

来月17日に、三坂道路が開通する。
その宣伝文句を書いたポスターをここに添付してみました。
宣伝ポスターs.jpg

 これを見ただけでは分からない人が多いと思います。
つまり、三坂道路が開通すると、松山から久万へ30分で行けます、という意味です。
「ゴー サーテイーミニッツ」 とは。

 久万の人で、南海ラジオを聞いている人は、いったいどのくらいいるでしょうか。
中でも、「久万高原ラジオ」 というCMを聞いている人。

 さらに、久万から地方に行っている人も含めます。
おせっかいかも知れませんが、南海ラジオのホームページを、ここに紹介してみます。

http://ncs2.mb.co.jp/blog/go30m/
 
 南海放送のHP  久万高原ラジオ
久万高原ラジオHPs.jpg

 このホームページを開くと、昨年の10月7日開始。毎週金曜日、午後2時35分から10分ほど放送。さらに、今まで放送した分も、遡って聞かれるようになっています。

 中身については、毎回、久万で活躍している人の話も登場。
最後のCMは数十秒ほどですが、これも凝っています。

 CMに使われているBGMは、その季節によって変えています。
10、11月は、秋ということもあって、鳴く虫の女王 とも言われている邯鄲(カンタン)。

12月は、久万の名水にちなんで、湧水の音。

そして、年はあけ、1月。これは、おめでたい月でもありますので、野鳥のウグイス。何がおめでたい、かと言いますと、ウグイスは、ホー ホケキョ (法 法華経) と鳴くでしょう。

そんな調子で、2月。ちょうど今頃です。久万高原では、いま盛んにヤマアカガエルが産卵しています。運がよければ、この鳴き声も聞くことができるでしょう。というわけで、ヤマアカガエルの声。

そして来月17日、いよいよ三坂道路が開通します。
やがて暖かくなると、桜は咲き、ツクシやイタドリなど、山菜も多く芽を出すことでしょう。

 自然豊かな久万高原。空気もきれいし、水もうまい。
カエルに野鳥、つづいてセミ、コオロギの順に、癒しの声も。 どっさり待っております。

 そんな久万高原へ、ぜひおいでください。お待ちしています。






 

隔靴掻痒 [諺]

 今朝は、久万高原町もいっとき吹雪になった。
震災現場も雪とのこと、さぞかしつらいことでしょう。

 変われるものなら変わってあげたい気持ち。
いかんせん、どうしようもない。

 一時は止んでいた吹雪も、また夕方になって降ってきた。
春どころではない。また冬の逆戻り。

 ただいたずらに時間だけが過ぎていく。
歯がゆくてたまらない。隔靴掻痒とはこのことか?

 震災地のみなさん、どうか頑張ってください。
いちにちも早い復帰をお祈りしています。



 


オオタコニ オシヘラレ、、、 [諺]

愛媛の田舎で育った私は、子供のとき母からこんなことを教わりました。

「オオタコニ オシヘラレ アサセヲ ワタル」。翻訳すると、次のようになります。

目の不自由な親が、子供を背負って川を渡ります。川の流れは複雑で、深くて危険なところもあれば、浅くて安全なところもあります。

それを、右だ左だと親に教えながら浅瀬を渡り、無事、向こう岸についたという話です。

この話そのものは単純そうに見えますが、人生はみんなそうしたものかも知れません。

田舎弁で育った私は、成人してすぐに上京し、それから半世紀あまりを標準語の世界で過ごしてきましたが、昨年の秋、再びふるさとへ戻ってまいりました。

すると、ネジがゆるむのは早く、すぐに田舎弁に戻ってしまいました。

しかし、考えてみると、これも便利なもので、二ヶ国語を学んだようなものです。

1986年には、仕事でカナダに8ヶ月ほど滞在しましたが、そのときイギリス人から次のようなことを教わりました。

「シーハズ ア コンプレクション ライク ピイチズ アンド クリーム

これは、イギリス人が彼女を口説くときに使う言葉だそうです。

これを日本語に翻訳すると、次のようになります。

彼女は、とても色が白く(桃色とクリーム色を混ぜたような色)、そんなあなたが大好きです、という意味らしいです。

何とかの一つおぼえで、この言葉だけは脳裏にやきついています。

この言葉を教えてくださった方とは、現在もおつきあいをさせて頂いています。

私も人生を四分の三世紀ほど生かされてきましたが、まだまだ目の不自由な親でしかありません。

ブログをはじめて、そろそろ半年が来ようとしています。こうした新しい世界に入ることによって、少しずつ目が見えはじめたような気がします。

ほんとうに有難いことと受け止めて、これからもがんばろうと思っています。南無。

 

 


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