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美しい鳴き声を訪ねて [実話物語]

いまから十数年前、わたしは一冊の本を書いた。
タイトルは、「美しい鳴き声を訪ねて」。
大きく分けると、八つに分類。
第一章  鳴く虫編
第二章  蛙編
第三章  野鳥編
第四章  蝉編
第五章  機材自作編
第六章  実技応用編
第七章  豆知識編
第八章  その他

 本の大きさはA五版。167ページ
主な内容は以上の通り。

 野外録音をはじめてから、はや半世紀を越え、84歳をすぎた今でも続けている。
その理由の一つは、現在の状態を後世に残しておきたいこと。
これから、五十年後、百年後はどうなっているか、それに役立たせたいこともある。
そんなことから始めた野外録音だが、それが、未だに続いているに過ぎない。
そろそろ人生も終わりに近づいてきたが、まだまだ意欲満々。
珍しい音が見つかれば、必ず録音と調査は怠らない。

そうした中、テレビラジオの取材もあるが、出来る範囲お応えしているのが現状。

#愛媛山さん、コメント有難う。





ゴロゴロ雷が鳴りだすと、急いででかける人がいた [実話物語]

 雷雲
夏の雲22.jpg

 うちの爺さんは、「ドンパチ」 というあだ名がついていた。
ドンパチのドンは、ドンコのドン。パチは、初太郎の頭文字をとってハチ。つまり、ドンコ釣りの名人、という意味。

 この爺さんは、普段でもドンコ釣りにはよく出かけていたが、もう一つ変わったところがあった。
それは、遠くで雷が鳴りだすと、すぐにウナギ釣りの支度をして、そそくさと出かけていたことだ。

 やがて にわか雨が降り、川は増水してくる。
そのような状態になると、ウナギが出てきて這いまわる。

 それをねらって釣るのが爺さんのねらいだ。
しかし、そこには危険も潜んでいる。

 釣れるから といって 落ち着いていると急に増水してくる。
へたすりゃ命も落しかねない状態になる。

 だが、爺さんは、そんなこともよくわきまえていた。
釣れる場所も知っていて、1匹釣ると すぐに引き上げていた。

 釣ったウナギはすぐに料理し、内臓からとりだしたキモをペロリと食べ、あとは蒲焼。
それを孫たちに食べさせていた。

 そのような環境に育った私は、やがて それに似た行動をとるようになった。
それは、東京にいたころの話である。

 昼間蒸し暑く、午後になってお天気が急変すると、すぐに録音の準備。
急いで雷のなる山をめざしていた。

 中でもよく通ったのが筑波山。
まわりで ゴロゴロ ピカピカ、危険極まりない。それを狙っての録音だ。

 もう気分は最高。
雷の音に酔いしれながら、それを録音するのは、ドンパチ爺さんと同じ境遇だ。

 「虎穴に入らずんば 虎子を得ず」
まったくその通りだった。

 納得のいく録音をするには、このような危険も覚悟の上。
これらは まだ序の口 と言えよう。








十銭の占い師 [実話物語]

 その昔、「十銭の占い師」がいた。
時は昭和。戦後まもないころの話である。
松山市の中心部には「松山城」があり、その麓には県庁もあった。
 戦争で焼け野が原となった街は、少しずつ復興はしていたが、生活はまだ不安定をきわめていた。
そんな街の一角に、夜になると、多くの占い師がやってきて店を開いていた。その中に、「十銭の占い師」が含まれていたのである。
 今でこそ十銭といえば安く感じるが、当時としてはそう安くもなく、今のお金に換算すると、百円くらいにはなる。この占い師は、よく当たることでも有名で、安いことも人気の一つになっていた。
 私が25歳のとき、友人と一緒に、この占い師にみてもらうことになった。
すると、どうだろう。占い師の前に座るや否や、この友人を見て、
「君は、将来、すごい大物になれる素質をもっている。じっくりみてあげるから、、今夜6時ころ家においで」、と言って、場所の見取り図を書いてくれた。
 夜がくるのを待ち、見取り図をたよりに訪ねていくと、なんと、そこはお寺だった。
それだけではない。そこに現れた占い師さんは、まぎれもなくお坊さんだったのである。
「やあ、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」 
通されたお部屋には、立派な掛け軸 (観音様の姿) がかけられていた。
私は、この掛け軸を遠くから眺めていたが、友人は、何を思ったのか、つかつかと歩み寄り、この掛け軸をめくって、下から覗いたのである。
 すると、そこへ現れたお坊さんは、これを見るなり、
「こら!何をしでかすか。この馬鹿者め。掛け軸は、そんなふうにして見るもんじゃない。もう、見る気がしなくなったから、すぐ帰れ」、と、大きな声で怒鳴った。
 すると友人は、しばらくして、「すまんかった。謝るから、気をとり戻して見て下さい」、と懇願。しかし、それは受け入れられず、「はよう帰れ!」、の一点張り。私もそう思ったので、「とにかく帰りましょう」、と友人を誘った。
 近くにある商店街を歩いていると、酒屋がみつかった。それをみて友人は、
「そうだ、お酒でご機嫌をとろう」、と言いだし、地酒1本を購入し、再びお寺へと向かった。
「ごめんください。先ほどは失礼しました。これ飲んでください」
お坊さんは、これをしぶしぶ受け取ってから、
「そこへ二人とも座りなさい。最初はお前さんから」、そう言って私の手をとった。
「まず、生年月日は、」 「OOOOOO]。
「あなたは1月生まれだから、前の年が運勢になる。つまり、ヒツジですね。あまりたいした出世はないが、大器晩成、と言ってな、うまくいけばよいこともある」、だった。
つづいて友人の番となり、
「先ほどまでは良い運勢と思っていたが、本当はよくない相が見えてきた。女難の相あり。へたをすりゃ、女で失敗する。気をつけた方がよい」、だった。
これで占い師とのやりとりは終わった。
 それから半世紀がすぎ、友人は、ごく平凡なサラリーマン生活を終えたあと、老後は胸を患い、74歳でなくなった。しかし、私は、仕事で日本中をかけめぐり、外国にも遠征して活動、事業を閉じたあとも、自然観察を続けている。そして、80歳近くまで、病気ひとつせず、がんばりとおしてきた。
 たいした大物にはなれなかったが、健康第一主義で貫き通したのが、最大の幸せと思っている。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」 か。






 
 


オナラで御用になった間抜けな泥棒 [実話物語]

遠いむかし、ある村に、爺さんと婆さんが住んでいた。

ある晩のことである。

お腹をすかした泥棒が、この家に盗みに入ろうとした。

すると、奥の部屋から声がした。

「誰だ」

しばらく様子をみていると、また声がした。

「誰だ、誰だ」と。

あまりにも頻繁に声がするのでそっと戸を開け、中をのぞいてみた。

すると、それは婆さんがオナラをしていたのだった。

これを止めようと思った泥棒は、薬箱からバンソウコウをとり出した。

これで婆さんのお尻を塞ごうと思ったからである。

「よっこらしょ」と。

バンソウコウでお尻を塞いだ泥棒は、急いで台所にかけつけた。

そして手当たり次第物を食べ、やっと空腹を満たしたのだった。

ところが、そのまま帰ればよかったのに、わざわざバンソウコウを剥がしに行った。

するとどうだろう。

バンソウコウをはがした途端、それは大きな声で、いや、音で、「誰だ」!と。

この声に驚いた婆さんはとびあがり、目を覚ましてしまった。

するとそこに知らない人がいる。

びっくりした婆さんは、

「お前は誰だ!」、と叫んだ。

この声を聞いた爺さんも、それはびっくり。

てなことで、この泥棒、あっさり捕まってしまった。

オナラで御用になった間抜けな泥棒、お話はこれでおしまい。お粗末。






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